退屈気味のリリーさんは、週に2回デイケアサービスに通うことになりました。
ところで、何を隠そう私には、年の離れた兄がいるのです…何故だか私1人でリリーさんの世話をやいているような感じがしますが、兄の家もリリーさんの家の近く、私の家もです。ちょうど、三角形の頂点の位置、同じ町内に住んでいるのです。ですが、いつも兄はチョッと他人事のような関わり方をしている気がします。
そこで、リリーさんがデイケアに行くことになった経緯を兄に説明することにしました。
もちろん最初からです。 先生に認知症といわれたことから…まさか、そんなところでつっかえるとは思っていなかったのですが… 兄は、リリーさんが認知症とは俄かに認めがたかったようです。それはそうですよね。私は、今まで色々な場面に遭遇していたし、色々なことを聞かされていたけれど、兄にとっては初めて聞くことばかりです。 よくある年相応のわからなさじゃないのか?目がみえないからわかりにくいし、だからピントのはずれたことをしているように見えるだけじゃないのか?まわりの人たち皆で寄ってたかってボケということにしているんじゃないのか?リリーさんの所にいって話していても政治の話はするし、シッカリしているじゃないか!1人で何でもやっているし、何も不自由してないじゃないか。しまいには、先生はデイケアサービスと何か契約でもしているんじゃないか?とビックリなことまでいいだしました。
私が聞いていると、ヤッパリ母親の老いた姿は見たくないのかなあ、抵抗なのかしらとも思える言動です。でも、言われてみると妙な説得力もある。が、兄は知らないだろうけど、リリーさんは何一つ自分で出来ていることはないのだ。誰かが必ず手伝っているし、その誰かの確立は私のことが多く、色々な連絡は、私へと向けてくるのだ。 すべて私が引き受けて、兄に知らせなかった私も悪かったのかもしれない。他人に言うより自分で片付けたほうが早いとも思ったし…でも休みの日に1、2時間会いにいくだけの兄にわかるはずもない。それにまだ認知症になりかけなので、70%は正常、30%がチョッとあれれ?なのだ。その時だからこそ、外の刺激を受けたほうが良いということになったのだけれど…
「そうだよね、そうかもしれないね。」と兄の話に相槌をうちながら、『そう、このまま進行しなければいい。』と私も思うのです。でも、兄も「まあ、どちらにせよ、他人と触れ合うのは良いことだし、いいんじゃない。」という結論には達しました。 そして、またまた私が手続きをし表だって動きだす。何の疑問もなく…依然として、兄はお客さまのように他人事として受けとめているようにみえる。これは、後々色々な人達にも指摘されてしまう。
それに長年培ってきた兄と妹という関係(兄に言われたら、イヤとは、言えない。兄の言うことは正しいという教育を受けてきた悲しい歴史 )が微妙に影響している。
ともあれ、リリーさんは、初めの内は楽しみにデイケアに通いだしたのです。 テーマ:認知症を介護する家族の悩み - ジャンル:福祉・ボランティア
|