| 老人ホーム |
私とリリーさんの主治医は、同じ先生です。その先生からある日「リリーさんは、そんな遠くないうちに施設に入ったほうがよいと思うよ。」とお話しがありました。「施設というと?」と私。「老人ホームですね。」「どうしてですか?」「大分痴呆がすすんでいるし、1人では暮らしていけないでしょ。インスリンの注射をうったり、薬も飲まなくてはいけないし。そういうことを忘れたりするわけだから。とにかく、すぐに施設に入れるわけではないから、見学して予約してきたらどうですか?」そういわれた私は『はい、そうですか。』とスグには行動できません。
老人ホームに申し込むなんてそんなこと勝手にしてよいの?リリーさんが知ったらどう思うだろう。まだ元気で活発なお姉さま方(リリーさんの)は絶対なんか言ってくるだろうな。リリーさんをいざホームに入れるとなったら どうやってリリーさんを説得したらいいのだろう。世間の人にも酷い娘だと思われる などと考えながらケアマネに相談しました。
ケアマネは、「リリーさんはかなり痴呆がすすんできていますよね。例えば、私達とのお金のやりとりでも渡しているお釣りを受け取っていないとか。インスリンの注射もうち忘れたりしていますから。まだまだ初期ですけど、悪くなるばかりでしょう。施設もスグには入れる訳ではないので、予約はしておいたほうがいいですよ。」と。
それでも考えあぐねる私です。何をこんなにためらうのでしょう。ゆずにも「どうするのかをハッキリ決めるのは、家族なんじゃない。ケアマネは困るんじゃない。方針を決めて相談しないと動き出しようがないわよ。」と言われてしまいました。 そこで、兄に相談することにしました。不思議なことに先生もケアマネも、兄か私のどちらかに引き取って面倒をみたほうがよいとは言わないのです。それぞれの家庭の事情があるのだからと…。兄も自分で引き取るとは言いません。私が面倒をみるというべきなんじゃないかと頭をかすめたりもしますが、それは、無理です。自分が無理をし我慢をして全てを引き受ければ、大変になった時辛くなった時、人を恨んだり、リリーさんを憎らしく思ったりするのがわかります。誰かが手伝ってくれないとか、誰もわかってくれないと思うものです。そして、私まで身体をこわしては結局回りの人皆に迷惑なのです。それなら、施設に入ってもらって時々ニコニコとリリーさんに会う方が良いに決まっています。見栄や体裁で自分もリリーさんも不幸にしてはいけないのです。それは、兄にとっても、兄嫁さんにとっても同じことでしょう。
そんなわけで、兄と二人で施設を見学することにしました。ケアマネに老人ホームのリストを作ってもらい、インスリンの注射をしていても入所できるのかどうかを聞いてもらい、利用料も相談しながら見学候補を決めていきました。そんな話しをしながらケアマネとも段々仲良くなります。よく話しを聞いてくれて、とても頼りになるケアマネです。 「お兄さんとは、リリーさんの痴呆についての認識に随分温度差があるわよねえ。」なんて話しにもなります。「歳をとると、急に大人しくなってタダにこにこしている人と、急に自己主張のはげしくなる人との二通りにわかれるのよ。リリーさんは、すっごくハッキリしてきちゃったみたいねえ。」とか。
かくて、ケアマネにリストアップをしてもらい、わたしが電話で予約をし兄と二人で老人ホーム見学をすることとなったのです。
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| わくわくのデイケアサービス |
渋っていたリリーさんもデイケアサービスに通い始めました。
初日は、自己紹介からです。介護士さんたちに促されて、リリーさんは自己紹介を始め、東京大空襲のことを質問されては答えたりしたそうです。皆さん同じ年頃で戦争の経験もあるので共感されたり、東京のことは知らないからと熱心に聴いてくれたりと、なかなか気分の良い一時だったようです。デイケアの食事 は、自分ひとりで作るのでは、到底できない細かな気配りのきいたおいしいものでした。それにオヤツまで出るのです もちろん手作りで。コーヒーと紅茶どちらかを選ぶことも出来るのです。それだけでも1人1人を大切にしてくれているなあと感心します。私達の想像している老人施設とは大分違うようです。 午後は、レクリエーションの時間です。粘土で自分の好きなものを作り、それが嫌いな人は朗読を聞いたりするのです。朗読は“向田邦子さん”の本や“源氏物語”などリリーさんの好みにピッタリとはまりました。まずは、第1日目のデイケアはリリーさんの期待を裏切りませんでした。
私達・家族は、少しでもリリーさんの気分がまぎれることを喜びました。イエイエ本音は…そう私の本音は、毎日暇なリリーさんが『今日は娘が来てくれるか?明日もくるかしら?』と思い、毎晩「元気だった?今日は何していたの?」と電話をかけてくる。そんなことが減るんじゃないかと淡い期待をいだいたのでした。『少しは私以外のことを考えて〜』と結構切実に思っていました。ー世の中はそんなに甘くないのですがー
暫くの間は、今日は合唱 をしたとか、お習字 を習ったとか、ご飯 に何が出たとか、オヤツ がおいしかったとか喜び、足取りも軽く、楽しそうでした。まるで学校に通っているように、私に「真面目に行ってきたわよ。」とか「さぼらずに通っているわよ。」と報告するのです。
80才近くてもリリーさんの価値観は、学校にキチンと通うというところにあるようです。 デイケアは、遠足みたいなこともします。といっても…学生の遠足とは違い初詣に行ったり、ファミレスにお茶 を飲みに行ったり、醤油工場の見学をしたり、博物館に行ったりと無理のないように気分転換が出来るものです。そういう日は、お手伝いの人が沢山いて車椅子に乗る人が多くても皆優しく押してくれるそうです。
そうこうしているうちに、リリーさんは合唱する時に歌詞がわからないからと前もって歌詞を書いてもらい練習するようになりました。もう一日は、習字を習うので筆と墨汁を買い家で練習も始めました。こんなところに昔の努力家の優等生のリリーさんがモクモクと頭をもたげてくるのです
確かに一日家でボーっとしているより、何かやることが出来た方がイキイキと一日を過ごし、ボケの進行もゆっくりのような気がします。このままいけば何かが変わるかもしれないという安心感も束の間…
何回行っても友達が出来ないとか、本当は歌なんて好きじゃないとか言い始めました。まるで、新学期にクラスが変わって好き子と一緒になれなかった子供のようです。 『アーそうですかっ!』と言いたくなるのをグッとこらえて、だからといってなだめる訳でもなく、ただ聞いているのみなのですが…
リリーさんは、それから色々理由をつけては、デイケアを休むようになりました。休んではいけないという訳ではないのですが。誰かが楽しませてくれるのをヤハリ待っているのでしょうか。
リリーさんの一言 ああいう所にくる人ってすぐグループつくるのよ。やあよ〜
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