| 退院 |
1月ももう終わりですね。年頭の誓いは、まだまだ顕在ですか?皆さん頑張りましょう。
何とか歩けるようになったりりーさん、3ヶ月余りの入院生活を終え無事(?)念願の退院となりました。
「退院したら、かかりつけのお医者さんに行ってくださいね。」と病院で念をおされました。
さっそく、翌日主治医の先生の所へと行き経過報告などし、一段落すると、先生はこんなことを仰いました。 「リリーさん、1人で家でジーっとしているのは、身体にも頭にもよくないからデイケアサービスを利用したほうが良いよ。」と。 「え〜!」とりりーさん。 「デイケアっていうのは、色々な御老人が集まって話したり、遊んだりするところで、お昼ご飯も出るし、お風呂も入れるんだよ。」と先生。 前から先生にそんなことを言われていたリリーさんは、ご近所の人にも相談したらしい。その人に、「リリーさんは、そんなお年よりじゃないんだから、そんなとこ行く必要ないわよ。」と言われたらしい。そんなお年寄りって?そんなとこって?老人の為の施設というとどうやらイメージが悪すぎるらしい。やりたくもないお遊戯をやらされたり、幼児のような扱いをされたりと。マア、私もそんなイメージを持っていたけれど…
そこでリリーさんは抵抗を試みる。「先生!私はそんなに年寄りでもないし、人見知りするし、そのナントかという所に行かなくてもいいんですよ。」すかさず先生は、言う。「何言っているの!家で1人きりでいたら、ボケてきちゃうよ。いい所があるから、今電話してあげるら!」 と行動力のある先生はサッと電話をかけてくれるのです。電話が終わると、先生は「今言っておいたから、リリーさんところに電話してくるから、そしたら、娘さんと二人で見学してきて。行ったほうがいいんだから。」一旦事が進んでしまうと、拒絶のできないリリーさんは「わかりました。」と諦めたようです。
「でもさあ、見学したって、嫌だったら行かなくていいわよねえ。」とリリーさん。「そうねえ。でも、嫌かどうか、まだわからないでしょう。」と私。こんなことを話しながら家路へとついたのです。
早速、そのデイケアのケアマネージャーさんから電話があり、デイケアサービスへと二人で見学に行きました。ドキドキ…
そこの所長さんは、『自分が通いたくなるようなデイケアに!』という理念を語ってくれました。見学していると、一人一人を大切にしてくれているようです。来ている方たちも、皆さん楽しそうに合唱したり、粘土をしたり、書道をしたり生き生きとみえます。食事もおいしくてビックリ。リリーさんも帰りの車の中で「案外いいところだったわね。」と乗り気になってきたのです。私はといえば、子供と一緒に転校する小学校を見学に行った母親のような気分で、案外いいところだったわねにホッとしていました。
数日後、ケアマネが契約書類を持ってリリーさんの家を訪ねてきました。その時ケアマネはリリーさんと話しをしながら、こう言ったのです。「リリーさんは、東京の赤坂の方だったのですかあ。では、戦争の時も。東京大空襲の時の話なんか、皆さんにも聞かせてあげてくださいよ。」そんな話を聞きながら、この人たちは、1人1人の生きてきた歴史みたいなものを大切にしてくれるんだなあと、感心し安心しました。 もう一つ大事なことは、ケアマネについてきた職員が、若くて優しそうなイケメンなのです。何だか私もリリーさんも気に入ったのでした。
かくして、人と触れ合うことでお休みしている頭に少しでも刺激を与えるということを目標(マア私だけが理解している目標ですが)にデイケアに通うこととなりました。
あずの一言 お年寄りにも人権を!
|
| リハビリ |
「立つことも歩くことも出来なければ、家に帰って生活をすることは出来ないのよ。」と言う当たり前のことをリリーさんに伝えても…リリーさんは「アラ車椅子があれば、移動は簡単だし楽チンよ。」と相変わらず脳天気。まあ、この楽天的なところが、随分と自分も周りも救っているのだけれど。
「車椅子って自分1人で操作して動いているの?誰かに押してもらっているんじゃないの?それでは、1人で車椅子にのっている訳じゃないでしょ。第一普通の家では車椅子で移動できるほど便利じゃないのよ。病院だから平らで広々しているだけなんだから。」
「そうかしらあ。」
「とにかく、せめて1人で立って歩けなければ生活はできないわよ。それをキチンと出来なければ家には帰れないんじゃない。」と私が言うと兄にも同じ事を聞き同じことを言われたようだ。翌日から先生に相談して歩けるようにリハビリをしたいと申し入れたのだ。
ここは、画期的なところだ。あのりりーさんが自分で歩かなければという気持ちになり、自分でリハビリをはじめたのだから…もう一度言っちゃうけど、あのリリーさんが結構つらいことをやろうなんて…カンゲキ
誰に聞いても一人で歩けなければ一人で生活はできないと言われたらしいけど。
怪我をしたわけでもなく、どこかに異常があるわけでもないリリーさんの足は、訓練すると筋肉がつき少しづつ歩けるようになった。
私も、歩けなくなっている→もう駄目だと内心思っていたが、本人のやる気と訓練で、可能性は沢山残されているのだなと妙に感心した。
単調な病院生活だけど歩きやすいリハビリ靴を買ったり、80才の女の子だからとチョッピリきらきら光る赤い杖を買ったりして、少し変化をもたせた生活のリズムもリリーさんの気持ちを明るくする。
そして、隣のベッドの87才の女性(リリーさんよりすーっと前から入院していた)が、背骨がおかしくて首も上げられないと言っていたのだが、新しい治療を始めたら、起き上がり車椅子に乗れるようになったりした。愚痴も言わずに、周りの人に感謝しながら努力しているその女性をみていると、私まで拍手喝さいをしたくなる。 朝から晩まで、その人と話をしているリリーさんも何かを感じるところがあったのだろう。
単調な生活の中で、自分のために何かを買ったり、人と話をしたりすることってとても大切なことなのだ。そして、やはり行動をおこすことは本人が自覚しなければ、他人が手を貸せることではないのだと改めて思ったりもする。 人の気持ちを察して、よかれと思い手を差し出すことは本人にとっても良いことではないかもしれない。親切で優しい人、気の利く人。でも、チョッと待て!それってひとりよがりじゃない?って聞いてみる必要がありそうだ。
リリーさんは、1人じゃ何もしない。すぐに私に頼ろうとする。だから私はいつも縛りつけられてしまうと思っていたけれど…実は、私が離れなかったのかもしれない。自分でやろうとする力を奪っていたかもしれない。
そういえば、ゆずに言われたものだ。「本当にリリーさんが手放せないだけかなあ。あずは、顔と身体は前を向いていても、片手でリリーさんの洋服のすそをシッカリ掴んでいるように見えるなあ。」
「そんなことないわよ。私は、離れていたいのにすぐくっついてくるのよ。」そんなことはないと断言しても『ん〜、あるかも。』と思う自分もいた。
リリーさんの一言 すっかり親と子の立場が逆転しちゃったわよね
|
| 入院 |
迎春 新年早々すさまじい風邪にアタックされ、ダウンしていました。皆様もお気をつけください。
さてさて、???のリリーさん 訪問看護士さんが火傷を発見しました。右足の第一指の付け根。いつも靴下を履いているので私も気づきませんでした。(訪問看護制度って素晴らしい。看護士さんがいなければ、大変なことになっていました )火傷を発見した看護士さんは、ただちに携帯の写メで患部の写真をとり主治医に送るのです。すると、すぐに先生がとんできて診察。皮膚が黒く炭のようになっていたりしてかなり深い火傷です。本人は、全然気づきません。これが糖尿病の怖さ。手や足、皮膚の感覚が麻痺してきて痛い、熱い等わからないのです。「これは、悪くすると膝から下を切断だ。」といわれます。 キャア→そんなことになったら→落ち込む→ふさぎこむ→偏屈になる→動かない→寝たきりになる→たすけてえの図式になる。とにかく一人じゃ手当てもできないので入院とあいなりました。
いつもまわりの人達に助けられていて、大事にいたらないのは、有難いことです。 そういえば、20年位前もこんなことがありました。リリーさんとお友達で温泉に行き、コタツに入って楽しくお酒を飲んだり、食事をして床につきました。翌朝、リリーさんの布団を見て皆ビックリ!リリーさんの足元が血だらけだったそうです。前日掘りごたつの網に足を乗せていて火傷!本人は全く気づかず寝ていたのです。低温火傷になっていたのです。
今回は、何故火傷をおこしたかというと…ベッドの中に電気あんかを入れて寝ていて、同じ箇所を長時間あて続けていたみたいだ。普通の人は、熱くなれば無意識にあんかをよけたり、はずしたりするけれど、足の感覚の鈍っているリリーさんはそんなことも感じないので、火傷になったらしい。炭化するほどの…
リリーさんは、入院しても1,2週間でいつも「帰る、帰る。」と騒ぎ出す。(低血糖をおこしたりして、何度も入院をしているのだ。)
案の定、今回も自分の不安がさり、傷も少しよくなり退屈してくると「もう、帰る。」と言い出した。そう言われだすと、『帰さなくてはいけないのでは。』と心が騒ぎ出す私。それだけではない、『全く、いつもこうやって迷惑かけられるんだわ。』と思ったり。『そんなこと思うなんてヒドイわね私。』と思ったり。
でも、リリーさんは、一ヶ月も動かずにベッドの上でジーっとしていました。動く時は車イス。それは、快適だったようですが…ナント歩けなくなってしまったのです。筋肉はあっという間に落ちてしまうのですね。
|
|
|
|